最近、いじめに関する事件がつづいているせいで新聞やテレビで、いじめられ ている子や、いじめている子に対してのメッセージをよくみかける。 そんななかで、hagiさんのブログと 作家の森 博嗣さんのブログ が興味深かったので、つられてダラダラと書いてみる。
僕は子供のころいじめられる側、いじめる側両方の立場を経験したかなぁ、た しか。田舎で育ったので、中学になったら新しい友達ができる、とかってなく て、子供の発育や部活、環境の変化で仲良くなったり、いじめられたり、そん な感じだったとかな。
今思うと子供のころは逃げ場所というか、学校とは関係ない場所があったのが よかった。それは、家業の手伝いだったんだけれど。 そのせいか、同年代の友達ってあんまりいなかった気がする。 まぁ、さびしかったかというと、それはそれでさびしかったね(笑)
ただ今思うと、森 博嗣さんのブログにあるように、無理矢理な友達もいらな いよね。「♪100人友達できるかな♪」ってのも悪くは無いけど、マストじゃ ないね。そんな風に思えたら、いじめられたりはしないものかもしれないけれど。
そういう意味で、いろんな価値観とかいろんな場が子供の近くにあるといいな、 と思う。できればネットじゃなくて物理的にみじかに。
さて、森 博嗣さんブログを読んでいたら「走れメロス」を思い出した。今は 著作権がきれているので青空文庫で読める。道中の最後にメロスはこう言う
「それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。間に合う、間に合 わぬは問題でないのだ。人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと 恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。ついて来い! フィロストラト ス。」
くさいけれど、こういう風に言える人が一人いたらOKだとおもう。 いっぱいいたら走れないものだし。いじめらてる子は、自分のために走ってく れる人、走ってあげたい人を探したらいいとおもう。 すぐには見つからないけれど、意外と近くにいたりする。
